綴る男、綴られる東京

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【復興】という言葉には嘘がある。

※以下は個人的な意見です。

 9月に行った被災地取材を振り返った時の、「除染」に対する私の考えを述べたい。

 「除染」と呼ばれているものは、居住エリア全体の地表を剥がして、住宅を雑巾で1つ1つ拭いて、放射性廃棄物を「移動」させる作業のことである。「汚染」を「取り除け」たりなどしていない。住宅を1つ1つ丁寧に除染したところで、何年も人の手が入っていない建物に再び住む事は実現可能性が低い。

 被災地では、農家として生活していたお年寄りは、一から土地を耕す事に絶望している。原発そのものもしくは関連産業に従事し生活していた若者は、産業の消滅に際し、故郷で再び職を得ることに絶望している。期間も費用も、人が再び住めるようになるまでのプロセスに見当もつかない。そんな土地で、何兆円も除染()に投じた所で何になるのだ?
放射能には「半減期」という物が存在する。何もしなくても、セシウムの線量は30年で半分になる。)

 しかし政府は「復興」と叫ぶ。NHKは感情的に被災地復興を報道する。そして私たち現場を知らない国民は、どこか勘違いをしてしまう。増税を無抵抗に飲み込んでしまう。私たちは「『応援すべき』被災地のため」と考える。おかしい。もっと直接的に、合理的に被災者を支援するカネの使い方というものがあるはずだ。

 このような形式で復興の名の下に除染が始まってしまうともう止まらない。私たちが死ぬまで、一生税金が投じられる。一人2万円を超える除染作業員の日当を、一生私たちの世代が背負い続ける。

 本当はきっとチェルノブイリのように、放射能の収束と避難された方々の次なる生活の支援に全力を注げばいいだけなのだ。(チェルノブイリは住めない土地の除染などという不毛な作業はしていない)そして被災者の方々に対し、最も合理的に支援がなされる。それが「復興」というものだ。

 東日本大震災における除染というのは感情的な問題で行われており、合理的に考えたらこのような復興プロセスは考えられない。本当に被災者そして日本人の未来を考えたら、現状に納得ができるであろうか。

 ついでに言うと、土地が狭く地震の多い日本は原発稼働に世界で一番向いていない土地だ。本音ベースの「原発反対」を、もとは推進派であった小泉元首相だって認めているのだ。

それでも原発容認を唱える政治家や利害関係者は、

稼働中の原発の隣に住んで下さい。

さぞ庭の広い家が立てられるでしょう。